話詰まる
寒い
怠い
気が滅入る
眠い
けどねむれない
頭がぼーっとする
アンケ、10票超したら行動開始しよ-とか思いつつ。
通販、年内開始は多分無理だコレorz
寒い
怠い
気が滅入る
眠い
けどねむれない
頭がぼーっとする
アンケ、10票超したら行動開始しよ-とか思いつつ。
通販、年内開始は多分無理だコレorz
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今考え直したら前の記事、やっぱり的外れな事を言っている……。
すいません、某様ことAさんm(__)m
というかそもそも、問題は「時間」じゃなくて「段階」の話だよ私!
「心の傷を『認識する』のには普通、この位に時間がかかる筈だから……」に対し、
「いやいや、作中で傷を『完璧に治す』必要なんてないじゃないですかw」っていう返しがそもそもおかしいんだよ私orz
……あ、でも、自己認知=精神治療の一環と取れば…いや、やっぱり苦しいな。
よし、いきおい10時間は寝よう。脳を休ませる為に。
話はそれからだ。
そして猫の妨害にも負けず、自然に起きたら、通販の発送用の材料を買いに行くんだ!
すいません、某様ことAさんm(__)m
というかそもそも、問題は「時間」じゃなくて「段階」の話だよ私!
「心の傷を『認識する』のには普通、この位に時間がかかる筈だから……」に対し、
「いやいや、作中で傷を『完璧に治す』必要なんてないじゃないですかw」っていう返しがそもそもおかしいんだよ私orz
……あ、でも、自己認知=精神治療の一環と取れば…いや、やっぱり苦しいな。
よし、いきおい10時間は寝よう。脳を休ませる為に。
話はそれからだ。
そして猫の妨害にも負けず、自然に起きたら、通販の発送用の材料を買いに行くんだ!
何かね-、きっとね-、完結編をちゃんと書いてはいけないと思うのだよ、あの話。
「日常はこれからもどんどん続いて行く」って、終わり方で。
そして、某様とのコメントのやり取りで、私が書きたかった事がやっと分かった。
「心の傷は塞がらない。けど毎日は毎日だ」って感じかも。
KinKiは好きだけど、心の真ん中の穴は多分治らないよ。
「いかに埋めるか、いかに付き合うか」を学ばなければいけない。
つまり、自分に傷があるって事を認めて、いかにその現実に適応してくか…だね。
人間って皆どっか病んでるし、聞けば大小関わらずトラウマだって出て来るし、
極端な話、「ある食品に対する嘔吐感を覚える程の偏食」ってのも、
その食品へのトラウマが見た目や味と共に絶えずフラッシュバックしているから……って事もあるかも知れない。
でも私たちは、例え往来の真ん中で嘔吐しようが、一定の乗り物に乗れまいが、別に死のうなんて思わない。
恥をかいたなら、しばらくその場所を避ける。
電車に乗れなかったバスと自動車があるじゃない! ってなる。
何故なら、「恥ずかしい」や「電車が嫌い」という感情を認め、その事に適応しているから。
これが「何であんな事したんだろ……。これからもまた、同じ事するのかな…明日も明後日も明々後日も吐いて皆に笑われるのかな……やだなぁ、家から出たくないなぁ-」
……ってなると、同じ事なのに、何か心の病っぽくなりません?
一般的にいう、正常か異常かのラインって、その程度の事だと思うのです。
明らかな異常も、何故ソレが異常なのか、どうしてソレが怒るのかを本人が知ると、急に消えてなくなる場合もあるそうで。
まぁ結論から言いますと、異常に煩わされず上手く付き合えば、人って案外幸せに生きられてしまうんでないかと。
まぁ、だからカウセリングには明確な終わりがないのですよ。
本人が「もう平気」って言うと、一応そこで終了です。
数年後にまた同じ症状で帰って来たら、前の事例を参照しつつも、その時はその時ですよ。
だからね、「完全に治った-!」って描き方をされる事はまずない筈ですよ。漫画的な意味で。
……え、サイコドクター? 何です? それ
……う-、カウセリング論わかんね-!
でもね、多分ね、こういう前提条件から違うから、何だか互いに噛み合わなくなっちゃんだろう。
作中で絶対治さなきゃいけないなら、それだけで漫画一本行けますにゃろめ。
そんな話を今、どうにか12話でまとめようと書いてます。
以上で異常!
「日常はこれからもどんどん続いて行く」って、終わり方で。
そして、某様とのコメントのやり取りで、私が書きたかった事がやっと分かった。
「心の傷は塞がらない。けど毎日は毎日だ」って感じかも。
KinKiは好きだけど、心の真ん中の穴は多分治らないよ。
「いかに埋めるか、いかに付き合うか」を学ばなければいけない。
つまり、自分に傷があるって事を認めて、いかにその現実に適応してくか…だね。
人間って皆どっか病んでるし、聞けば大小関わらずトラウマだって出て来るし、
極端な話、「ある食品に対する嘔吐感を覚える程の偏食」ってのも、
その食品へのトラウマが見た目や味と共に絶えずフラッシュバックしているから……って事もあるかも知れない。
でも私たちは、例え往来の真ん中で嘔吐しようが、一定の乗り物に乗れまいが、別に死のうなんて思わない。
恥をかいたなら、しばらくその場所を避ける。
電車に乗れなかったバスと自動車があるじゃない! ってなる。
何故なら、「恥ずかしい」や「電車が嫌い」という感情を認め、その事に適応しているから。
これが「何であんな事したんだろ……。これからもまた、同じ事するのかな…明日も明後日も明々後日も吐いて皆に笑われるのかな……やだなぁ、家から出たくないなぁ-」
……ってなると、同じ事なのに、何か心の病っぽくなりません?
一般的にいう、正常か異常かのラインって、その程度の事だと思うのです。
明らかな異常も、何故ソレが異常なのか、どうしてソレが怒るのかを本人が知ると、急に消えてなくなる場合もあるそうで。
まぁ結論から言いますと、異常に煩わされず上手く付き合えば、人って案外幸せに生きられてしまうんでないかと。
まぁ、だからカウセリングには明確な終わりがないのですよ。
本人が「もう平気」って言うと、一応そこで終了です。
数年後にまた同じ症状で帰って来たら、前の事例を参照しつつも、その時はその時ですよ。
だからね、「完全に治った-!」って描き方をされる事はまずない筈ですよ。漫画的な意味で。
……え、サイコドクター? 何です? それ
……う-、カウセリング論わかんね-!
でもね、多分ね、こういう前提条件から違うから、何だか互いに噛み合わなくなっちゃんだろう。
作中で絶対治さなきゃいけないなら、それだけで漫画一本行けますにゃろめ。
そんな話を今、どうにか12話でまとめようと書いてます。
以上で異常!